滋賀をむすぶ

クリエイターが巡った滋賀をむすぶ旅。
これからの滋賀の魅力がたくさんあります。

MUSUBU SHIGA×RETRIP
冨田 泰伸 地酒から滋賀の歴史を知る旅

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全6回に渡ってお送りするMUSUBU SHIGA×RETRIPの特別企画第3弾。今回のリサーチャーは、創業470年を超える老舗を背負う新世代の杜氏・15代目冨田泰伸さん。今回のテーマは「歴史」。豊かな自然が残り、水に恵まれる滋賀には、今も多くの酒蔵が残る。暮らしの酒、神事の酒など、街に根ざし、歴史を紡いできた地酒を通して、滋賀の魅力を見つける旅へ。冨田さんとブランディングディレクターの服部さんと共に、各地を巡りました。

 

冨田 泰伸プロフィール
冨田酒造十五代蔵元 兼製造責任者。東京のメーカー勤務の後、フランスのワイナリー、スコットランドなどを巡り、それぞれの地域に根差した酒造りに感銘を受ける。2002年に実家である酒蔵に戻ると、地酒の「地」の部分に重きを置く事をコンセプトとし、地元の農家と提携し滋賀の米・水・環境で醸す本当の意味での地酒造りに専念する。伝統的な日本酒製法を大切にしつつ、スパークリング日本酒や日本酒のシェリー樽熟成など新しい取組もかかさない。冬は酒造り、夏は日本酒を広めるべく西へ東へ、現在11ヶ国へ輸出もしている。

 

地酒から滋賀の歴史を知る旅
冨田さんとまず訪れたのは、高島市にある「大溝まちなみ案内処 総門」。同市にある日吉神社の例祭として毎年5月には大溝祭が行われ、各地区から豪華な曳山が出て、町内を巡る。そんな大溝の祭と地酒の関係について、山組の氏子総代でもある今西さんにお話を伺った。「日吉神社では大溝祭だけでなく、大小様々な祭が毎月一回は行われます。祭の後には各山組の氏子総代が集まる直会(なおらい)という神酒を頂く集まりがあるので、酒がついてまわりますね」その時に神酒として飲まれているのが、福井弥平商店の「萩乃露」だという。

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さらに今西さんは酒によって大溝祭を守る風習があることを教えてくれた。「大溝祭では5つの曳山がでており、地域の人は曳山が通る時に萩乃露を献酒する風習があります。その数は100本以上。献酒された酒は集められ、神酒として地域の人に再販売します。その売上が祭を行うための資金源にもなっているのです」そんな話をしているところに、福井弥平商店の9代目当主・福井毅さんがやって来られた。「流通容器がなかった時代、地酒はその地域で消費するのが主流だった」と福井さん。神事が行われる際に、そして祭の後の楽しみとして。地酒は昔から地域と共に歩んできている。「だからこそ、酒蔵の地域での活動が、地域の繁栄を左右したのかもしれない」と冨田さんもうなずく。服部さんも、話に聞き入っていた。「祭は、血族を越えてコミュニケーションを生む大きなイベント。こういうコミュニケーションプログラムがない場所は街として元気がなくなっていく。だからこそ、祭が残っているということは大切だし、それを酒が守っているというのは興味深いね」そして、一行は実際に萩乃露を作っている福井弥平商店を福井さんに案内していただいた。

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先ほどの総門から5分ほどの場所に福井弥平商店はある。江戸時代中期より260年以上も、この高島の地で酒造りを続けている。「萩乃露は、琵琶湖のほとりに群生していた萩が名前の由来になっています」ラベルを片手に福井さんは教えてくれた。それを聞いて服部さん、「萩乃露という名前は、地元の人以外が聞いても景色が見えてくる。例えば東京で暮らす人に届いても、景色を想像できるネーミングですよね」

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名前もさることながら、萩乃露は作る素材の産地にもこだわりがあるのだとか。「福井さんのところといえば棚田ですよね」と、冨田さんが教えてくれた。高島は多くの棚田が残るが、その棚田が人口の減少や高齢化とともに少しずつ利用されなくなっているという。そこで福井さんは、棚田で酒の原料となる米を作り、保存の手伝いをしている。「高島の地酒として、棚田の米で酒を作ることが自然なことだと思いましたし、それが地元の景観を守ることに繋がればいいなと」福井さんはさらにこう続けた。「地元の米を使って地元の景観や農家を守るとか、祭を通して地域が魅力的になるとか、おいしい酒を自然につくることが地元のためになる。そういう流れが一番、理想的だと考えています」堅い話かな、と照れくさそうに話す福井さんの瞳には強い信念がこもっていた。

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最後に萩乃露の試飲をさせていただいた。「うちの酒は甘味ですね。もともと大溝は城下町。お公家さんが飲まれる酒であったので、やわらかい味が特徴です」やさしい口当たりに口元が緩む冨田さんと服部さん。福井さんが「自然な味」と語る土地の魅力が詰まった酒で、一行は癒やされながら次なるスポットへと向かった。

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次に向かったのは冨田さんが作る「七本鎗」の名前のルーツとなった賤ヶ岳。かつてこの地で、信長の跡目を巡って羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が戦った「賤ヶ岳の戦い」。その戦で秀吉を天下人へと導いた七人の若武者がいた。その七人こそが「賤ヶ岳の七本槍」。小雨が降り、霧がかる山中をリフトで上り、一行は山頂へ。

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かつて武士たちが天下をかけて死闘を繰り広げた山中を歩きながら、冨田さんは話してくれた。「戦国時代といえば滋賀県と言えるほど、たくさんの史跡が残っています。実は僕も大の戦国好き。こんなにも戦国と馴染みが深い場所で育ったのだから好きにならずにはいられないですよね」山頂から見下ろすと、山間に霧がかかり、静寂が広がっていた。かつての合戦場を見渡しながら服部さん、「この賤ヶ岳という土地で、子どもの頃を過ごしたというのはきっと酒造りにも影響しているのだろうね」「きっと関係あるでしょうね。うちの蔵は合戦当時にもあって、その近くに本陣が置かれていました。憶測でしかないですけど、戦の酒として、飲んでから戦いに挑んでいたんじゃないかな。そういう土地とゆかりの深い酒を自分の手で作っているというのは誇りでもありますね」冨田酒造の七本鎗、そして冨田さん自身の原点である賤ヶ岳で天下分け目の戦いに想いを馳せた後は、この土地の魅力が詰まった七本鎗を見るべく、冨田酒造へ向かった。

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「さっき見た合戦場で戦った七本槍の由来のイメージの通り、うちの酒は野武士のような芯がある酒です。武将でフルーティな味だったらおかしいですから」冨田さんは七本鎗を酒器に注ぎながら教えてくれた。酒に使われている米は地元の米。水は蔵で取れる水。冨田さんにとって、このエリアの魅力を詰め込み、人に届けることができるツールが酒なのだという。「海外に行ったことが転機になっているのですが、世界では酒米の品種や酵母よりも、『どんなところで作っているんだ?』って聞かれるんですよね」地の酒と呼ぶからには地域との関係は切っても切れない。戦国の歴史が深い木之本だからこそできる一本を作って、伝えていきたいのだという。

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木之本の魅力を広く伝えるために「出どころは狭く。出先は広く。」と語る冨田さんが、特に思い入れがあるのが地元専業農家と一緒に作った「無有」。ラベルには米が作られた場所の番地まで掲載されている。「最近は林業でも行われているけど、産地が単なる県や地域の名前だけでなく、緯度や経度まで記されてネット上で実際に見ることができるのは、買う側にとっても物語があっていいよね」と服部さん。飽くなき探究心で、追求を続ける若き新世代が作る酒には、土地の歴史と人々の想いがぎゅっと凝縮されていた。本日最後となる酒を求めて、大津の平井商店へと足を運んだ。

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大津にある平井商店はアーケードの商店街の一角にある。古い商家のような佇まいで酒造りを続けているのが17代目を継ぐ平井社長と女性杜氏の弘子さん親子。「うちが始まったのは1658年ごろ。大津には江戸時代から77の蔵があって、この地で作られた酒は『大津酒』と呼ばれるほど酒造りが盛んな場所」そう教えてくれたのは平井社長。『大津酒』は江戸時代から酒処として有名な伏見の方まで出回るほど。歴史の中で、戦時中に休蔵を迫られたり、大手メーカーの酒が主流となり地酒の消費量が減るなど、様々な困難もあったが、それを乗り越えて今に至るのだという。「色々な時代がありましたけど、うちの親父がよく言っていました。うちの家系で誇れるのは、全員が同じ職業なことだって」1677年に聖護院宮道寛親王より賜った和歌より銘々して、代々守られてきた銘柄「浅茅生」を見せながら教えてくれた。

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そんな平井社長に冨田さんは「ここは滋賀でも数件しかなかった蔵元杜氏をやってこられた走り。続ける中で大変なこともあったのではないですか?」「昔は杜氏さんがやってきて酒を作る。蔵元が作ってもらった酒を売るっていうのが業界の当たり前。『蔵元杜氏が作るなんて、失敗して酢になるわ』なんて言われていました」今では主流となった蔵元杜氏も、かつての業界では常識破り。先々代が始めて、今の味を作ってきたのだという。同じ経験をしたという冨田さんも「杜氏からすれば仕事がなくなりますからね。僕も蔵元杜氏を始めた時は、杜氏に口を聞いてもらえなかった時期がありました」

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平井商店の酒のこだわりについて弘子さんが教えてくれた。「うちの酒は食中酒なんです。食べながら飲んで欲しい。だから甘いものであれ、香りがあるものであれ、食べてて邪魔にならないようにというのがこだわりですね」そんな話を聞きながら服部さんも「飲んでぱっと思い浮かんだのが、毎日飲める酒だった。やっぱりそれは食事に合うように軽めに作られているからなんだ」地域の人々の暮らしに根付く日々の酒として、長く愛され続ける浅茅生を頂きながら、今回の酒蔵巡りの旅は幕を閉じた。

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今回、酒を通して様々な歴史を見てきた。実際に蔵元として酒造りに携わる冨田さんに今回の旅を振り返ってもらった。「歴史と一口に言っても、やっぱり色々ある。地域の歴史もあるし、戦国の歴史もある。滋賀県は歴史が深いところで、そんな深い歴史の側に地酒があった。地酒は土地に根付きながら一緒に歴史を紡いできたんですよね」地酒はその土地の時代を写す鏡として、受け継がれてきた。最後に服部さんに話を伺った。「酒の流通がなかった時代、酒はその土地で消費されていた。だからこそ、歴史を振り返れば、酒の良し悪しがその土地の活力になっていた部分もあるはず。そんな活力となる地酒を通して、滋賀の受け継がれてきた土地の魅力をもっと発信できればいいよね」

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クリエイティブディレクター

大阪1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
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ナガオカケンメイ
デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター

1965 年北海道生まれ。’90年、日本デザインセンター入社。原デザイン研究所設立に参加。2000年、東京世田谷に、ロングライフデザインをテーマとしたストア「D&DEPARTMENT」を開始。’02年より「60VISION」(ロクマルビジョン)を発案し、60年代の廃番商品をリ・ブランディングするプロジェクトを進行中。’03年度グッドデザイン賞川崎和男審査委員長特別賞を受賞。日本のデザインを正しく購入できるストアインフラをイメージした「NIPPON PROJECT」を47都道府県に展開中。’09年より旅行文化誌『d design travel』を刊行。日本初の47都道府県をテーマとしたデザインミュージアム「d47 museum」館長。’13年毎日デザイン賞受賞。武蔵野美術大学客員教授。京都造形大学教授。
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野村友里 / フードディレクター
フードクリエイティブチーム「eatrip」主宰

長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。母からゆずり受けた、日本の四季折々を表す料理やしつらえ、客人をもてなす心、をベースに食を通じて様々な角度から人や場所、ものを繋げ、広げている。主な活動として、レセプションパーティなどのケータリングフードの演出や、雑誌の連載、ラジオ番組等。それらを通して食の可能性を多岐に渡って表現し、その愉しさを伝える。2011年には、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、「生産者」「料理人」「消費者」をつなぐ参加型の食とアートのイベント“OPEN harvest”を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに、その土地土地の風土や文化を、食を通じて身体に取り込んでいくことをコンセプトに“nomadic kitchen”プロジェクトを始めた。2012年東京原宿にて、豊かな緑と光と風に恵まれた「restaurant eatrip」をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて今後も食のもつ力、豊かさ、美味しさを伝えられたら、と活動を続ける。初の監督作品となる食のドキュメンタリー映画『eatrip』は2009年公開、現在はDVD化され販売中。著書に『eatlip gift』(マガジンハウス)がある。
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クリエイティブディレクター/編集人

アメリカ生まれ。カリフォルニア大学卒業後、来日。(有)ニーハイメディア・ジャパン代表取締役として、トラベル誌『PAPERSKY』やファミリー誌『mammoth』を発行しながら、ウェブサイトやイベントプロデュースなどもおこなっている。これまでに手がけた雑誌に『TOKION』『metro min.』『PLANTD』などがある。2014年にはNTTドコモのアプリメディア『japan jikkan』を創刊。また、ファミリー向け野外フェスティバル「mammoth pow-wow」や日本再発見の旅プロジェクト「PAPERSKY tour de Nippon」のイベントプロデュース等、幅広く活動している。
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1980年、滋賀県出身。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役社長。2003年同社に入社。「ロングライフデザイン」をテーマに地域らしさを見直し、これからのデザインのあり方を探るベースとして47都道府県に展開するショップ「D&DEPARTMENT」の大阪店、東京店の店長を経て、2009年から代表取締役社長に就任。そのほか、デザインの視点で日本を紹介するガイドブック「d design travel」の発行など、幅広いデザイン活動を行う。
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1971年、鹿児島県生まれ。オリジナル家具等を扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」、コーヒースタンド「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」、ギャラリースペース「CURATOR’S CUBE」、ヴェトナム麺食堂「Pho 321 Noodle bar」を展開。また住宅/店舗のデザイン業務、イベントプロデュース/ブランドディレクションを手がける。12月23日から東京国立近代美術館工芸館にて開催される「未来へつづく美生活展」において、工芸作品セレクト、インスタレーションに参加する。
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濱田英明
フォトグラファー

1977年、兵庫県淡路島生まれ。大阪在住。2012年9月、35歳でデザイナーからフリーのフォトグラファーに転身。2012年12月、写真集「Haru and Mina」を台湾で出版。「KINFOLK」(アメリカ)、「FRAME」(オランダ)や「THE BIG ISSUE TAIWAN」(台湾)などの海外雑誌ほか、国内でも雑誌、広告など幅広く活動中。2014年10月写真集「ハルとミナ」(Libro Arte刊)を出版。「瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」公式フォトグラファー。

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1970年、兵庫県生まれ。哲学者。総合地球環境学研究所を経て、明治大学理工学部准教授。暮らしのかたちという視点から、工芸・建築、デザイン・農業・民俗など様々なジャンルを手がかりに、現代社会の思想状況を問う。著作に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会 2015)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社 2014)、『ウォーキング・ウィズ・クラフト』(共著、松本クラフト推進協会2014)など他多数。
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MUSUBU SHIGA

「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」プロジェクトは滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信しブランド力を高めていく為に発足されました。日本のほぼ真ん中に位置する滋賀県。古くから交通の要として機能し、人々の交流により育まれた自然・歴史・文化的資源が豊富に存在しています。多彩な魅力あふれる滋賀だからこそ、これまで培われてきたプロジェクトやブランドも数多く存在していますが、その情報発信もさまざまであり、統一した展開が難しく滋賀のもつ真の価値を皆様にお伝えしきれていないのが現状です。私たちは、そんな滋賀県のもつ魅力を集め再構築し、滋賀県全体の新しい価値として方向性を定め、”これから”を考え、発信しながら滋賀ブランドの強化を試みます。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。暮らしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を皆様と考えていきたいと思います。本年は、このプロジェクトのコア要素となる、滋賀県の魅力ある”ヒト・コト・モノ”の調査(リサーチ)を中心に行い、こちらのプロジェクトサイトにて、その様子を映像や、写真を使いながら皆様にお伝えしていきます。滋賀県の人々と皆様を”むすぶ”、新しいプロジェクト、「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」はじまります。

石川亮
美術家・アートディレクター

自然観と宗教観を生活の中に取り込み、自然と対峙しながらも共存してきた日本人の感覚やそこで共有する観念に注目し、作品制作や研究の対象としてきた。2010年頃より近江の地における地域伝承や地名など様々な要因で名付けられた湧水を収集し作品制作したことが起点となり、滋賀県の湧水を調べ、その背景やルーツを探究している。水を介した暮しや、それが受け継がれ構築された文化に焦点を当てる。2015年、ビワパールまるごとブランディング事業に携わる。 成安造形大学芸術学部助教/地域連携推進センター ・附属近江学研究所研究員

市田恭子
デザイナー・職人集団『Team coccori』代表

滋賀県生まれ。
価値が見出されず倉庫等でひっそりと眠る“モノ”に新たな価値を付けて市場に出す。10数年前よりライフワークである障害福祉事業所と商品・店舗開発を実施。特にインナーブランディングに重きを置き、独自の目線で販売チャンネルを変えるなどの編集を施し流通に乗せる。現在は、店舗や地域のデレクションなど活動領域を拡げながら、滋賀のおもしろいコトを表現しモノに乗せる形づくりをしている。
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冨田酒造十五代蔵元 兼製造責任者

東京のメーカー勤務の後、フランスのワイナリー、スコットランドなどを巡り、それぞれの地域に根差した酒造りに感銘を受ける。2002年に実家である酒蔵に戻ると、地酒の「地」の部分に重きを置く事をコン セプトとし、地元の農家と提携し滋賀の米・水・環境で醸す本当の意味での地酒造りに専念する。伝統的な日本酒製法を大切にしつつ、スパークリング日本酒や日本酒のシェリー樽熟成など新しい取組もかかさない。冬は酒造り、夏は日本酒を広めるべく西へ東へ、現在11ヶ国へ輸出もしている。

久米勝智
アトリエ兼ショップ『COMMUNE』代表

服飾専門学校を卒業後、シャツメーカーやパターン制作会社を経て彦根でアトリエ兼ショップのCOMMUNEを開店。滋賀のアトリエでのシャツ作りを通して糸や生地の生産者、シャツの作り手、作り手が作ったものを手に取ってくれるお客さん、一枚のシャツに関わるすべての人が対等で親しく交われるような関係作りを大切にしている。”日常着”として良い意味で意識せず、COMMUNEのシャツを着てくれる。そんな着てくれる人に寄り添ったシャツ作りを目指している。

加藤駿介
NOTA&design /ヤマタツ陶業

1984年、滋賀県生まれ。1881年に信楽の地に創業した家業である老舗「ヤマタツ陶業」にて陶器のデザイン、制作に従事。新しい陶器ブランドの設立や企業とのコラボレーションを社内にて構築後、陶器を軸にしたライフスタイル全般のデザイン、制作業務を行なう「NOTA&design」を設立。今春には自身の工房に併設するカフェ&ギャラリーショップを展開予定。

左嵜謙祐
魚治湖里庵 七代治右衛門

大学卒業後、京都吉兆嵐山店にて料理修行し、2003年に実家である鮒寿し魚治に戻る。「歯車になれ」という先代からの言葉とともに代を受け継ぎ七代治右衛門になる。天明4年の創業より伝わる古典醸造の古式鮒寿しの作り方を守りながら、変化する食生活に合わせた鮒寿しの食べ方を料理店「湖里庵」にて鮒寿し懐石として提案している。