滋賀をむすぶ

クリエイターが巡った滋賀をむすぶ旅。
これからの滋賀の魅力がたくさんあります。

MUSUBU SHIGA×RETRIP
久米勝智 滋賀のものづくりに出会う旅

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全6回に渡ってお送りするMUSUBU SHIGA×RETRIPの特別企画第4弾。今回のリサーチャーは、以前にMUSUBU SHIGAのレポートでも紹介したハンドメイド・シャツのショップ兼工房を構えるCOMMUNEの久米勝智さん。独自の美学でものづくりに向き合う久米さんを迎えてお届けするテーマは「クラフト」。滋賀でずっとものづくりを続けて来られた方、新たなものづくりを求めて県外から来られた方。つくり手の想いと、ものづくりが生まれる場所の物語を通して、どんな滋賀が見えてくるのだろうか。久米さんとブランディングディレクターの服部さんと共に、各地を巡りました。

 

久米 勝智プロフィール
アトリエ兼ショップ『COMMUNE』代表。服飾専門学校を卒業後、シャツメーカーやパターン制作会社を経て彦根でアトリエ兼ショップのCOMMUNEを開店。滋賀のアトリエでのシャツ作りを通して糸や生地の生産者、シャツの作り手、作り手が作ったものを手に取ってくれるお客さん、一枚のシャツに関わるすべての人が対等で親しく交われるような関係作りを大切にしている。”日常着”として良い意味で意識せず、COMMUNEのシャツを着てくれる。そんな着てくれる人に寄り添ったシャツ作りを目指している。

 

滋賀のものづくりに出会う旅
はじめに訪れたのは、草津の田んぼに囲まれた静かな場所で、家具を作っているtributeの近藤さん。久米さんとは元々お互いがお互いの作品のファンだったという。お店はバイオーダー制で、注文を受けたら制作も販売も、すべて一人。そんな近藤さんは家具作りを「使う人のためにとしか考えていない」という。作り置きの家具はなく、自宅がショールーム代わり。話を聞いた部屋にあるソファ、椅子、テーブルなどは全て近藤さんが手がけたもの。触ってみると、角のアール部分一つをとっても丁寧に仕上げられていることがわかる。近藤さんの職人としての気質が家具にも表れているようだ。

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名古屋出身の近藤さんは、大学から大阪へ行き、仕事も大阪で始め、そのまま独立。「大阪は情報量が膨大で、そこで一人でやっていくには、自分からどんどん何かを発信していかないといけない状況でした。いろいろ仕事はいただいていましたが、子どもが生まれた時に、一度リセットして、もっとシンプルに、ものづくりとそれを届ける人に向き合って仕事がしたいと思い、この地に辿り着きました」もともと取り分けて滋賀に対する思い入れがあったわけではなかったが、いざ暮らし始めるといつしか自分がいつもニュートラルな気持ちで過ごせる場所になっていたことに気づいたという。その話に久米さんは「僕はもともと彦根出身だけど、専門学校は東京。仕事は京都でしていた。都会の流れの速さに疑問を抱いて、その後、彦根に戻って働いているから、より一層そういう感覚がわかる。でも、元々県外の人間だった近藤くんもその感覚を感じているということは、そういう気持ちにさせる場所が滋賀なのかもしれない」

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滋賀に住んで、暮らし方も変わったという近藤さん。深夜まで作業をしていた大阪時代。それが朝早くから仕事をして日が沈んだら仕事を終える、時間や季節に合わせた仕事のやり方に変わっていったという。「暮らしの中に余裕が生まれたから、見えてくるものがあって。それが家具作りの中でももっとこうしたら良くなるのでは?という提案に繋がるようになった」という近藤さん。そんな暮らしの本質を見つめる近藤さんが作る家具だからこそ、久米さんも「ちょっとしたシルエットや、見えない裏側部分にまで手を抜いていないところを見て“近藤さんらしい家具”とすぐ分かる」のだそう。「ものづくり全般で言えることだけど、いいものってなんだろうね。例えばいいものとして残っている、ものとしてアンティークがある。クイーン・アン様式やヴィクトリア様式って、今見てもいいものだと分かるよね。それって逆に言えば、いいものはその“もの”が存在する時代を反映しているということ。時代をどれだけ反映できたかで、価値が変わるし、時代を越えて残り続けることができるかが決まる。じゃあ、今の時代はというと画一的な大量生産の時代が終わって、カスタムメイドの時代に変わってきた。そして商品を届ける人の単位を例えば千人と絞り、そのニーズに合わせて作り方や働き方も柔軟に変わってきている。滋賀という土地で、そのコミュニティの中で人と向き合ってバイオーダーでものを作るっていう考え方は、時代に即した最先端の考えだよね」と服部さんも頷いていた。

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続いて訪れたのは彦根にあるHORA AUDIO。江戸時代の農家が作業場兼ショールームになっており、そこでバックロード・ホーン・スピーカー『MONO』を作っているのが青柳さんだ。「もともと家具を作っていたのですが、ある時にオーディオにハマって。今作っているバックロード・ホーンのスピーカーを自作して聞いた時に、『なんだこの音は』と驚いてしまって。今思うとダイレクトに音の信号が信号板に送られて、そこから生まれる“素の音”に感動したんですよね。そこからです、スピーカーを作ろうと思ったのは」『MONO』は電子部品を使わず、ボディは天然木。音の信号を電子部品を通さないので、ありのままの音を聞くことができる。

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話をしている最中も、『MONO』からは、Stina Nordenstamの静かで、語りかけるような繊細な歌が流れていた。曲に耳を傾けながら服部さん、「もともと青柳くんは神奈川でしたよね。それがスピーカーを作るってなった時に、滋賀という場所でやりたいと思ったと。ものづくりにこわだると、その環境も含めてこだわりたくなるということかな」「それはありますね。やっぱりスピーカー作りをはじめてから、音に対してすごく敏感になりました。ものづくりって時間もかかるし、地道な作業。だからこそ、それに合った環境が大切。『MONO』を作る上で、朝起きたときに休日と平日が音の違いで分かるような都市部では難しかった。落ち着いたものづくりができる環境があった滋賀だからこそ、今こうして、続けられているのだと思います」

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青柳さんの傍で話を聞いていた奥さんは、滋賀に20代前半まで住んでいたという。「もともと大津に住んでいたんですけど、その時は滋賀の奥深さがわからない部分もありました」それが再び戻ってから改めてこの地の魅力に気づいたのだという。「今は近江商人について興味をもって調べていたり、ご飯もワインとチーズだったのが、日本酒・鮒寿しになったり。特に、季節の移り変わりが綺麗で、何気ない時も周りの風景に目を向けるようになりました」その言葉に久米さんも「僕も東京にいた時は季節の変化を感じる基準は暑いとか、寒いとか温度だった。でも滋賀に帰ってきてから、改めて風景や匂い、音など、自然と五感で四季を感じていますね」と同じ意見のようだった。

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「都会にいると情報量が多いから、自分を閉ざしていくことをしないといけなくて、必要なものだけをクローズアップしていかないと生きていけなくなる。だけど、こっちに来ると、逆により感覚を広げることが求められる。その周りの環境にあえて影響を受けることこそ、滋賀に暮らす意味であり、魅力なのかもしれないね」と服部さん。滋賀でものづくりをする魅力に改めて気づいた一行は、彦根のものづくりの代名詞とも呼べる仏壇を訪ねて次なるスポットへ。

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彦根の仏壇と言えば約350年の歴史を持ち、“彦根仏壇”の名は全国に知られるほど。多くの仏壇店の中でも仏壇技術を利用して新たなものづくりを始めているという井上仏壇店の井上社長。「きっかけは仏壇が売れなくなったのが大きいですね。私の目の前で、仏壇が衰退していく。技術や工芸がなくなっていくのは耐えられなかった。それだったら、この技術を活かして新たなものづくりをはじめることで、技術を継承できたらいいなと始めました」

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仏壇が作られるまでには、7つの工程で、7職と呼ばれる伝統工芸士が携わる。仏壇店はいわばプロデューサー。技術を組み合わせて、仕事を生み出すことが求められるポジション。「仏壇はもともと江戸時代になり、平和になったことで需要がなくなった甲冑の技術で作られたものです。時代に合わせて、技術を活かした新たなものづくりをこの地は昔からやってきた。これもその流れを汲んだ次なる一歩です」と見せていただいたのは美しい漆が施された腕時計入れ。日本の技術の結晶とも言える仏壇の技術を、腕時計にこだわる人に、入れ物までこだわって欲しいという思いから作ったのだそう。久米さんと服部さんも、新たな仏壇の可能性に驚きを隠せなかったようだ。

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「伝統って何かと分析した時に3つの要素でしかないと思っていて、それは思想と技術と、そして習慣。思想はものづくりの根本。何のために作るかということだから変えてはいけない。技術は継承される代ごとに更新される。最後に習慣っていうのは時代とともに捉え直していかないと、伝統がなくなってしまう大きな要因になる」というのは服部さん。「子どもの頃におばあちゃんの家に行ったら、まずしたことが仏壇に手を合わせることだった」という久米さんだったが、そんな習慣も、時代と共に減ってきているのを感じるという。そんな現状に井上社長も「普段の生活の中に手を合わせるのがゼロになるのが日本人としては寂しい。祈りのスタイルとして、対象物を提案するのもわたしたちの仕事かなと。今、ナナプラスという手を合わせる次世代の仏壇を、従来の仏壇技術を使って作っています」従来の仏壇と比べると外見はシンプル。ただ、ものづくりだけでなく、ものづくりの先にある心を伝えるために、伝統は新たなステージへと踏み出しているようだった。そして、次は本日最後となる紺喜染織へと一行は向かった。

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「もともとシャツを染めたくて、滋賀県に紺屋があると知ったのが出会いです」と久米さんに連れられて湖南市にある紺喜染織へ。「江戸時代に初代が京都から技術を持ってきたのがはじまり。私で6代目です」というのは植西さん。紺屋とは藍染を行う店のこと。中でも紺喜染織では近江木綿正藍染(おうみもめんしょうあいぞめ)と呼ばれる「すくも」を発酵させて作る伝統の「正藍染」を作っている。製造方法も昔のままで、使う道具も今は売られていないため、自分で作っているのだとか。実際に藍染を行う藍ツボを見せていただいた。

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工房の地面にはいくつもの藍ツボが埋めてあり、その中には濃さの違う藍染の液が入っている。冬場は特に温度管理が重要。温度や液の量は、職人の勘で調節しているのだそう。久米さんは藍ツボを見ながら「藍染は液に付けた後に絞って、緩めた時に空気に触れることで色が変わるんですよ。その時の変わり方がなんとも言えないほど綺麗なんです」ちょうどこの日に染めた糸を見学させていただいた。深い藍色に染まった糸が並ぶ姿はなんとも美しい。

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「昔はこの辺りには、鍛冶屋さんや桶屋さん、提灯屋さん、醤油屋さんを始め日用品がこの地で作られて、それを地元の人が買って使っていました。染物も同じ。日用品としてずっと作ってきたものが今では伝統産業と呼ばれ、貴重なものになってしまった」藍液をかき混ぜながら、植西さんは語ってくれた。昔は「100軒の得意先を守る」という言葉があったそうで、町の中で売り買いをし合うことでお互いが助け合ってきた。人と人が守り合いながら受け継がれてきた伝統の藍色に、改めて想いを馳せながら今回の旅は幕を閉じた。

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今回、滋賀でものづくりを営む4人の方々に出会った。旅の最後に改めて、自身でもものづくりを行う久米さんと服部さんに話を伺った。「滋賀のブランディングを始めてから、暮らしと仕事が一体の人を多く見てきたけど、滋賀のベースは職住一体で、そしてよくよく見るとそれこそが最先端の考え方なんだと。それは滋賀にあるどの地域も同じで、明日のために今作っているという、日々の暮らしに密着している感じが滋賀らしいと今回改めて感じたね」と服部さん。続けて久米さん「人との繋がりも大切にしていますよね。僕もいいものを作ろうというのは前提にあるけれども、シャツはあくまで媒体。それを通して、いろんな人と出会えたり、繋がることができるのが、僕のものづくりの根っこですね」最後に改めて服部さんも「コミュニケーションをとるという行為に密接して仕事が成り立たせられるっていうのは、滋賀の大きな魅力だね。身近なコミュニティの中で作り、その連続で結果としてより多くの人に作ったものが広がっていく。それが滋賀にものづくりの場として足を運ぶ人が増えている要因の一つかもしれない」

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服部滋樹 / graf代表
クリエイティブディレクター

大阪1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
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ナガオカケンメイ
デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター

1965 年北海道生まれ。’90年、日本デザインセンター入社。原デザイン研究所設立に参加。2000年、東京世田谷に、ロングライフデザインをテーマとしたストア「D&DEPARTMENT」を開始。’02年より「60VISION」(ロクマルビジョン)を発案し、60年代の廃番商品をリ・ブランディングするプロジェクトを進行中。’03年度グッドデザイン賞川崎和男審査委員長特別賞を受賞。日本のデザインを正しく購入できるストアインフラをイメージした「NIPPON PROJECT」を47都道府県に展開中。’09年より旅行文化誌『d design travel』を刊行。日本初の47都道府県をテーマとしたデザインミュージアム「d47 museum」館長。’13年毎日デザイン賞受賞。武蔵野美術大学客員教授。京都造形大学教授。
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野村友里 / フードディレクター
フードクリエイティブチーム「eatrip」主宰

長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。母からゆずり受けた、日本の四季折々を表す料理やしつらえ、客人をもてなす心、をベースに食を通じて様々な角度から人や場所、ものを繋げ、広げている。主な活動として、レセプションパーティなどのケータリングフードの演出や、雑誌の連載、ラジオ番組等。それらを通して食の可能性を多岐に渡って表現し、その愉しさを伝える。2011年には、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、「生産者」「料理人」「消費者」をつなぐ参加型の食とアートのイベント“OPEN harvest”を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに、その土地土地の風土や文化を、食を通じて身体に取り込んでいくことをコンセプトに“nomadic kitchen”プロジェクトを始めた。2012年東京原宿にて、豊かな緑と光と風に恵まれた「restaurant eatrip」をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて今後も食のもつ力、豊かさ、美味しさを伝えられたら、と活動を続ける。初の監督作品となる食のドキュメンタリー映画『eatrip』は2009年公開、現在はDVD化され販売中。著書に『eatlip gift』(マガジンハウス)がある。
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ルーカスB.B.
クリエイティブディレクター/編集人

アメリカ生まれ。カリフォルニア大学卒業後、来日。(有)ニーハイメディア・ジャパン代表取締役として、トラベル誌『PAPERSKY』やファミリー誌『mammoth』を発行しながら、ウェブサイトやイベントプロデュースなどもおこなっている。これまでに手がけた雑誌に『TOKION』『metro min.』『PLANTD』などがある。2014年にはNTTドコモのアプリメディア『japan jikkan』を創刊。また、ファミリー向け野外フェスティバル「mammoth pow-wow」や日本再発見の旅プロジェクト「PAPERSKY tour de Nippon」のイベントプロデュース等、幅広く活動している。
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相馬夕輝
D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役社長

1980年、滋賀県出身。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役社長。2003年同社に入社。「ロングライフデザイン」をテーマに地域らしさを見直し、これからのデザインのあり方を探るベースとして47都道府県に展開するショップ「D&DEPARTMENT」の大阪店、東京店の店長を経て、2009年から代表取締役社長に就任。そのほか、デザインの視点で日本を紹介するガイドブック「d design travel」の発行など、幅広いデザイン活動を行う。
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中原慎一郎
ランドスケーププロダクツ代表

1971年、鹿児島県生まれ。オリジナル家具等を扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」、コーヒースタンド「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」、ギャラリースペース「CURATOR’S CUBE」、ヴェトナム麺食堂「Pho 321 Noodle bar」を展開。また住宅/店舗のデザイン業務、イベントプロデュース/ブランドディレクションを手がける。12月23日から東京国立近代美術館工芸館にて開催される「未来へつづく美生活展」において、工芸作品セレクト、インスタレーションに参加する。
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濱田英明
フォトグラファー

1977年、兵庫県淡路島生まれ。大阪在住。2012年9月、35歳でデザイナーからフリーのフォトグラファーに転身。2012年12月、写真集「Haru and Mina」を台湾で出版。「KINFOLK」(アメリカ)、「FRAME」(オランダ)や「THE BIG ISSUE TAIWAN」(台湾)などの海外雑誌ほか、国内でも雑誌、広告など幅広く活動中。2014年10月写真集「ハルとミナ」(Libro Arte刊)を出版。「瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」公式フォトグラファー。

鞍田崇
哲学者

1970年、兵庫県生まれ。哲学者。総合地球環境学研究所を経て、明治大学理工学部准教授。暮らしのかたちという視点から、工芸・建築、デザイン・農業・民俗など様々なジャンルを手がかりに、現代社会の思想状況を問う。著作に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会 2015)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社 2014)、『ウォーキング・ウィズ・クラフト』(共著、松本クラフト推進協会2014)など他多数。
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MUSUBU SHIGA

「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」プロジェクトは滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信しブランド力を高めていく為に発足されました。日本のほぼ真ん中に位置する滋賀県。古くから交通の要として機能し、人々の交流により育まれた自然・歴史・文化的資源が豊富に存在しています。多彩な魅力あふれる滋賀だからこそ、これまで培われてきたプロジェクトやブランドも数多く存在していますが、その情報発信もさまざまであり、統一した展開が難しく滋賀のもつ真の価値を皆様にお伝えしきれていないのが現状です。私たちは、そんな滋賀県のもつ魅力を集め再構築し、滋賀県全体の新しい価値として方向性を定め、”これから”を考え、発信しながら滋賀ブランドの強化を試みます。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。暮らしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を皆様と考えていきたいと思います。本年は、このプロジェクトのコア要素となる、滋賀県の魅力ある”ヒト・コト・モノ”の調査(リサーチ)を中心に行い、こちらのプロジェクトサイトにて、その様子を映像や、写真を使いながら皆様にお伝えしていきます。滋賀県の人々と皆様を”むすぶ”、新しいプロジェクト、「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」はじまります。

石川亮
美術家・アートディレクター

自然観と宗教観を生活の中に取り込み、自然と対峙しながらも共存してきた日本人の感覚やそこで共有する観念に注目し、作品制作や研究の対象としてきた。2010年頃より近江の地における地域伝承や地名など様々な要因で名付けられた湧水を収集し作品制作したことが起点となり、滋賀県の湧水を調べ、その背景やルーツを探究している。水を介した暮しや、それが受け継がれ構築された文化に焦点を当てる。2015年、ビワパールまるごとブランディング事業に携わる。 成安造形大学芸術学部助教/地域連携推進センター ・附属近江学研究所研究員

市田恭子
デザイナー・職人集団『Team coccori』代表

滋賀県生まれ。
価値が見出されず倉庫等でひっそりと眠る“モノ”に新たな価値を付けて市場に出す。10数年前よりライフワークである障害福祉事業所と商品・店舗開発を実施。特にインナーブランディングに重きを置き、独自の目線で販売チャンネルを変えるなどの編集を施し流通に乗せる。現在は、店舗や地域のデレクションなど活動領域を拡げながら、滋賀のおもしろいコトを表現しモノに乗せる形づくりをしている。
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冨田泰伸
冨田酒造十五代蔵元 兼製造責任者

東京のメーカー勤務の後、フランスのワイナリー、スコットランドなどを巡り、それぞれの地域に根差した酒造りに感銘を受ける。2002年に実家である酒蔵に戻ると、地酒の「地」の部分に重きを置く事をコン セプトとし、地元の農家と提携し滋賀の米・水・環境で醸す本当の意味での地酒造りに専念する。伝統的な日本酒製法を大切にしつつ、スパークリング日本酒や日本酒のシェリー樽熟成など新しい取組もかかさない。冬は酒造り、夏は日本酒を広めるべく西へ東へ、現在11ヶ国へ輸出もしている。

久米勝智
アトリエ兼ショップ『COMMUNE』代表

服飾専門学校を卒業後、シャツメーカーやパターン制作会社を経て彦根でアトリエ兼ショップのCOMMUNEを開店。滋賀のアトリエでのシャツ作りを通して糸や生地の生産者、シャツの作り手、作り手が作ったものを手に取ってくれるお客さん、一枚のシャツに関わるすべての人が対等で親しく交われるような関係作りを大切にしている。”日常着”として良い意味で意識せず、COMMUNEのシャツを着てくれる。そんな着てくれる人に寄り添ったシャツ作りを目指している。

加藤駿介
NOTA&design /ヤマタツ陶業

1984年、滋賀県生まれ。1881年に信楽の地に創業した家業である老舗「ヤマタツ陶業」にて陶器のデザイン、制作に従事。新しい陶器ブランドの設立や企業とのコラボレーションを社内にて構築後、陶器を軸にしたライフスタイル全般のデザイン、制作業務を行なう「NOTA&design」を設立。今春には自身の工房に併設するカフェ&ギャラリーショップを展開予定。

左嵜謙祐
魚治湖里庵 七代治右衛門

大学卒業後、京都吉兆嵐山店にて料理修行し、2003年に実家である鮒寿し魚治に戻る。「歯車になれ」という先代からの言葉とともに代を受け継ぎ七代治右衛門になる。天明4年の創業より伝わる古典醸造の古式鮒寿しの作り方を守りながら、変化する食生活に合わせた鮒寿しの食べ方を料理店「湖里庵」にて鮒寿し懐石として提案している。