滋賀をむすぶ

クリエイターが巡った滋賀をむすぶ旅。
これからの滋賀の魅力がたくさんあります。

ナガオカケンメイ×服部滋樹 湖国のものづくりを巡る旅(第2回株式会社ナンガ)

日本の各都道府県のロングライフデザインを集めた「D&DEPARTMENT」代表のナガオカケンメイさんと、MUSUBU SHIGAブランディングディレクターの服部滋樹さんが、滋賀の“良いデザイン“を探しに、地域に根づいたものづくりの現場を訪ねました。そのレポートを4回にわたってお届けします 。 綿玉ま ナガオカケンメイ プロフィール 1965年、北海道出身。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役会長。日本デザインセンターを経て、2000年、東京・奥沢で消費のあり方を再考すべく、デザインとリサイクルを統合した『D&DEPARTMENT』をスタート。暮らしに長く寄り添うロングライフデザインを提唱し、47都道府県の伝統工芸や、地場産業を見直す「NIPPON PROJECT」を展開中。

地域産業の新たなカタチ

 地域の産業は人々の暮らしを物語る。暮らしが変われば、産業も変わる。 ものづくりは時代のニーズと対話をしながら少しずつかたちを変え、新たなストーリーを紡ぎ出す。私たちが次に訪れたのは、シュラフ(寝袋)・ダウン専門カンパニーの株式会社ナンガ。日本にいくつかある国産シュラフメーカーのなかでもアウトドアやトレイル愛好者の間で知る人ぞ知るカリスマブランドが、滋賀県米原市にある。 お買いもの ナンガが社屋を構える本市場(もといちば)という地域は、伝統産業である 近江真綿の名産地、多和田のすぐ近く。真綿の生産は戦後少しずつ衰退していき布団の縫製などに転業する人が増えたという。そのためこの地域一帯にはもともと縫製工場が多かった。ナンガの前身の「横田縫製」もしかり。布団メーカーから依頼を受け、その縫製を引き受けていた。ところが70年代にさしかかると、今度は布団の縫製すら次々に縫製工場を海外に移すようになってしまった。 「国内でつくっていくことを諦めたくない」。乗るか、反るかの瀬戸際で、シュラフメーカーとして独立する決心をしたのが、先代の社長横田晃氏(現、同社会長)。1989年のことだった。困難な道こそ敢えて進もう、という頑なスピリットは世界の高峰ナンガ・パルバットから由来する社名に現われている。地域のポテンシャルとして持っていたものづくりの技術を、時代の流れに負けないようにと頑固一徹シュラフをつくり続け、国内生産を誇るシュラフメーカーは、今では日本でただひとつナンガだけ。 みししん

見えないから、嘘はつかない

当然、品質には絶対のこだわりを持つ。「オーロラを仰げるように」。先代の社長のアイデアをもとに開発した立体構造のシュラフ「UDD BAG」シリーズは、リミット温度がマイナス16℃と、驚きの保温性を備えている。 この保温性こそ、創業以来ナンガがぶれずにこだわり続けるポイントだ。 そもそもダウンの羽毛はダウンボール(綿毛)とフェザー(羽の芯の部分)の2種類がある。ダウンボールが大きいほど空気をよく含み、温かい。 製品の品質を測るのに、このダウンとフェザーの混交率で保温性を測定するフィルパワーという数値がある。フィルパワーの検査はメーカーの独自基準に基づいており、ダウンとフェザーの混交率は多少の誤差が許容される。そのため一般に流通しているダウン製品には、表記されている混交率と実際の中身が必ずしも一致しないことも多いのだそう。「うちのこだわりは見えない部分。ここだけは曲げたらあかんと思いますね」と、社長の横田智之さん。まさに正直ものの頑固な商い。私たちはオフィスの二階にある縫製工場を見学した。 背中二人 何に例えれば羽毛の軽さが伝わるのだろう?タンポポの綿毛か、それとも風に舞う雪か。慎重に慎重を重ね、ホースで吸い上げて寝袋に注入しても、超絶な軽さのために羽毛はそこかしこに舞う。「この目分量でぴたりと測り当てるのが、すごいですね」。その手つきを見て服部さんが言った。すると、作業していたスタッフの方がくすり、と羽にくすぐられたように笑う。 私たちを案内してくれた専務の横田さんがあわてて横から正す。 「たった1gでも誤差がでないように、精密に測って羽毛を注入しています」。ベテランスタッフの手でも、1日百本の作業が限度なのだそう。「1gでも多かったら羽毛を戻しますよ」と、にっこり笑うスタッフの女性。大切に抱えるようにして、“厳密なる”ふわふわの1gを手渡してくれた。そのボリューム、実にソフトボール大。眺めているそばから、吐息に乗って羽が飛んでいく。「もう、ほんっとうに温かいんですよ」。伝えきれないのが悔しいというように、社員自ら絶賛する羽毛は最高級のポーランド産グースだ。 長髪

ロングライフのものづくりとは?

しかし素材が良ければ万事オーライかと言えば、そうもいかない。素材を活かす機能的なデザイン、それを実現する縫製スタッフの技術。そのすべての息がぴたりとあって、完璧な製品が生まれる。 先代の社長からバトンを受けるとき、現社長の横田さんは「縫製なんてやったこともないのに、いきなり寝袋をつくれと言われて。当然できない、となるんですけど、すると何でできないんだ、とえらく怒られましたね」と苦笑いする。ナンガは家族経営だが、だからこそ崖から我が子を落とすような厳しい教えだったそう。使う人の立場にならねば、良い製品はできないとの教えから、山に数ヶ月こもるように命じられたこともあるという。 道なき道を進めという、何ともワイルドな教えだ。 また縫製ブランドのスタート以前から寝具の縫製を手掛けていたとはいえ、時に過酷な環境に耐える寝袋の縫製は簡単ではなかった。すっぽり身体を包み込むいわゆるマミー型の寝袋は、ブランドスタート当初は「1日1枚しか縫えなかった」そう。いまではひきもきらぬ注文に、計30名程の縫製スタッフたちが、1日中慣れた手つきでミシンを走らせる。 一本結び 加えて、ナンガが愛される理由は「永久保証」。ナンガではダウンシュラフの修理費用を無料で保証している。ファスナーが壊れようが、布が破れようが、シュラフであれば対応可能だ。この言葉が、ナガオカさんの琴線に触れた。「それはいいですね」とナガオカさんは深く納得。「今のメイドインジャパンは品質ばかりを追究する側面が強いけど、昔のメイドインジャパンって、すぐに修理できるという意味もありましたよね」。 実はナガオカさんがつねづね提唱するロングライフデザインを生み出すには10か条の掟があるのだ。ここでそのキーワードをご紹介しよう。 1、「修理」…修理をして使い続けられる体制や方法があること。 2、「価格」…作り手の継続していく経済状態を生みつづける適正な価格であること。 3、「販売」…売り場に作り手の思いを伝える強い意志があること。 4、「作る」…作り手に「ものづくり」への愛があること。 5、「機能」…使いやすいこと。機能的であること。 6、「安全」…危険な要素がないこと。安全であること。 7、「環境」…いつの時代の環境にも配慮があること。 8、「計画生産」…あくまで計画された生産数であること。予測が出来ていること。 9、「使い手」…使う側が、その商品にまつわる商品以外に関心が継続する仕組みがあること。 10、「デザイン」…美しいこと。 さらに、使い手によって末長く使われるロングライフデザインであるために は、これらの条件をふまえつつ、企業の哲学も問われる。 「消費者は、ものを買うかどうかは価格で決める。でも買った後にそれをどう大切に使うかは、機能はもとよりその会社のフィロソフィーに共感するか どうかですよね。例えば、会社が環境に対してどれだけ配慮していかが、すぐに伝わるような何かがあると良いかも」とナガオカさん。 確かに、今まで社会対応型の観点は、あまりなかったですね」と服部さんもうなずく。ナガオカさんは米国ポートランドにあるエースホテルを引き合いにだした。 「たとえば、エースホテルのことを知っている日本の人って多いと思います。でもエースホテルがその土地らしさや地域らしさをコンセプトにして、その土地の老舗の商品を採用していたりする、社会的企業の側面はあまり知られていない。けれど本当はそこが前面に出ると、ただのメーカーから一歩進んだ社会的企業になる。他にもアウトドア用品のブランドの工場で、ちょっとしたキャンプ場を併設していてそこのプレゼンから始まる、というメーカーもあります。そういうのがまず感じられると、なお良いですね。 三人揃った かつてシュラフメーカーとして独立を迫られたとき、従業員を路頭に迷わせないという責任を負い、その枷がナンガの骨となりボディをかたちづくってきた。 現社長の横田さんが、約10年前からダウンジャケットのラインをスタートさせてからは、会社はますます筋力と飛躍力を持つようになった。この先の不透明な時代をさらにサバイバルするには、地方から社会的企業が登場することがキーワードになる。 実際に社長の横田さんも「まだまだできることがあると思ってるんですよ。 現状には全然満足していない」と言う。どうやら更なる極みを目指してナンガの山登りは続きそうだ。 「伊吹山から下山した人が立ち寄ってくれます」という社屋の一階にあるプレスルームですっかりナンガの正直なダウンの魅力にはまり、完全に心奪われた服部さんと、ナガオカさんをせき立てるようにして、私たちは次の目的地へと向かった。 それにしても、と大きな伊吹山を真横に見ながらナガオカさんは言った。「水を背景とした文化の中でまず養蚕がはじまって、織物をその土地に根付かせ、それに成就する動きを感じますね。時代の流れを感じながら、うまく根付いた技術を移行させている。こういうのは恐らく滋賀ならでは、ですね」。 「湖だけじゃないんですよ。信楽焼きのように山里の中で生まれるクラフトだって、滋賀の良いデザインですからね」となぜか自慢げな服部さん。目利きデザイナーの眼力で、滋賀の良いものづくりをフォーカスする旅も、まだまだ続く。 (第3回へ続く) (文章=ヘメンディンガー綾/写真:成田舞)

「ナガオカケンメイ×服部滋樹 湖国のものづくりを巡る旅」。次回は滋賀県が発祥と言われているろくろ旋盤を使った製品づくりを代々手掛ける「片山木工所」(長浜市)を訪れます。親子2代にわたって続けて来たこだわりのものづくりと、その技をご紹介します。 第1回はこちら→「第1回北川キルト縫工」

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服部滋樹 / graf代表
クリエイティブディレクター

大阪1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
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ナガオカケンメイ
デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター

1965 年北海道生まれ。’90年、日本デザインセンター入社。原デザイン研究所設立に参加。2000年、東京世田谷に、ロングライフデザインをテーマとしたストア「D&DEPARTMENT」を開始。’02年より「60VISION」(ロクマルビジョン)を発案し、60年代の廃番商品をリ・ブランディングするプロジェクトを進行中。’03年度グッドデザイン賞川崎和男審査委員長特別賞を受賞。日本のデザインを正しく購入できるストアインフラをイメージした「NIPPON PROJECT」を47都道府県に展開中。’09年より旅行文化誌『d design travel』を刊行。日本初の47都道府県をテーマとしたデザインミュージアム「d47 museum」館長。’13年毎日デザイン賞受賞。武蔵野美術大学客員教授。京都造形大学教授。
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野村友里 / フードディレクター
フードクリエイティブチーム「eatrip」主宰

長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。母からゆずり受けた、日本の四季折々を表す料理やしつらえ、客人をもてなす心、をベースに食を通じて様々な角度から人や場所、ものを繋げ、広げている。主な活動として、レセプションパーティなどのケータリングフードの演出や、雑誌の連載、ラジオ番組等。それらを通して食の可能性を多岐に渡って表現し、その愉しさを伝える。2011年には、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、「生産者」「料理人」「消費者」をつなぐ参加型の食とアートのイベント“OPEN harvest”を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに、その土地土地の風土や文化を、食を通じて身体に取り込んでいくことをコンセプトに“nomadic kitchen”プロジェクトを始めた。2012年東京原宿にて、豊かな緑と光と風に恵まれた「restaurant eatrip」をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて今後も食のもつ力、豊かさ、美味しさを伝えられたら、と活動を続ける。初の監督作品となる食のドキュメンタリー映画『eatrip』は2009年公開、現在はDVD化され販売中。著書に『eatlip gift』(マガジンハウス)がある。
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ルーカスB.B.
クリエイティブディレクター/編集人

アメリカ生まれ。カリフォルニア大学卒業後、来日。(有)ニーハイメディア・ジャパン代表取締役として、トラベル誌『PAPERSKY』やファミリー誌『mammoth』を発行しながら、ウェブサイトやイベントプロデュースなどもおこなっている。これまでに手がけた雑誌に『TOKION』『metro min.』『PLANTD』などがある。2014年にはNTTドコモのアプリメディア『japan jikkan』を創刊。また、ファミリー向け野外フェスティバル「mammoth pow-wow」や日本再発見の旅プロジェクト「PAPERSKY tour de Nippon」のイベントプロデュース等、幅広く活動している。
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相馬夕輝
D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役社長

1980年、滋賀県出身。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役社長。2003年同社に入社。「ロングライフデザイン」をテーマに地域らしさを見直し、これからのデザインのあり方を探るベースとして47都道府県に展開するショップ「D&DEPARTMENT」の大阪店、東京店の店長を経て、2009年から代表取締役社長に就任。そのほか、デザインの視点で日本を紹介するガイドブック「d design travel」の発行など、幅広いデザイン活動を行う。
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中原慎一郎
ランドスケーププロダクツ代表

1971年、鹿児島県生まれ。オリジナル家具等を扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」、コーヒースタンド「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」、ギャラリースペース「CURATOR’S CUBE」、ヴェトナム麺食堂「Pho 321 Noodle bar」を展開。また住宅/店舗のデザイン業務、イベントプロデュース/ブランドディレクションを手がける。12月23日から東京国立近代美術館工芸館にて開催される「未来へつづく美生活展」において、工芸作品セレクト、インスタレーションに参加する。
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濱田英明
フォトグラファー

1977年、兵庫県淡路島生まれ。大阪在住。2012年9月、35歳でデザイナーからフリーのフォトグラファーに転身。2012年12月、写真集「Haru and Mina」を台湾で出版。「KINFOLK」(アメリカ)、「FRAME」(オランダ)や「THE BIG ISSUE TAIWAN」(台湾)などの海外雑誌ほか、国内でも雑誌、広告など幅広く活動中。2014年10月写真集「ハルとミナ」(Libro Arte刊)を出版。「瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」公式フォトグラファー。

鞍田崇
哲学者

1970年、兵庫県生まれ。哲学者。総合地球環境学研究所を経て、明治大学理工学部准教授。暮らしのかたちという視点から、工芸・建築、デザイン・農業・民俗など様々なジャンルを手がかりに、現代社会の思想状況を問う。著作に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会 2015)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社 2014)、『ウォーキング・ウィズ・クラフト』(共著、松本クラフト推進協会2014)など他多数。
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MUSUBU SHIGA

「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」プロジェクトは滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信しブランド力を高めていく為に発足されました。日本のほぼ真ん中に位置する滋賀県。古くから交通の要として機能し、人々の交流により育まれた自然・歴史・文化的資源が豊富に存在しています。多彩な魅力あふれる滋賀だからこそ、これまで培われてきたプロジェクトやブランドも数多く存在していますが、その情報発信もさまざまであり、統一した展開が難しく滋賀のもつ真の価値を皆様にお伝えしきれていないのが現状です。私たちは、そんな滋賀県のもつ魅力を集め再構築し、滋賀県全体の新しい価値として方向性を定め、”これから”を考え、発信しながら滋賀ブランドの強化を試みます。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。暮らしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を皆様と考えていきたいと思います。本年は、このプロジェクトのコア要素となる、滋賀県の魅力ある”ヒト・コト・モノ”の調査(リサーチ)を中心に行い、こちらのプロジェクトサイトにて、その様子を映像や、写真を使いながら皆様にお伝えしていきます。滋賀県の人々と皆様を”むすぶ”、新しいプロジェクト、「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」はじまります。

石川亮
美術家・アートディレクター

自然観と宗教観を生活の中に取り込み、自然と対峙しながらも共存してきた日本人の感覚やそこで共有する観念に注目し、作品制作や研究の対象としてきた。2010年頃より近江の地における地域伝承や地名など様々な要因で名付けられた湧水を収集し作品制作したことが起点となり、滋賀県の湧水を調べ、その背景やルーツを探究している。水を介した暮しや、それが受け継がれ構築された文化に焦点を当てる。2015年、ビワパールまるごとブランディング事業に携わる。 成安造形大学芸術学部助教/地域連携推進センター ・附属近江学研究所研究員

市田恭子
デザイナー・職人集団『Team coccori』代表

滋賀県生まれ。
価値が見出されず倉庫等でひっそりと眠る“モノ”に新たな価値を付けて市場に出す。10数年前よりライフワークである障害福祉事業所と商品・店舗開発を実施。特にインナーブランディングに重きを置き、独自の目線で販売チャンネルを変えるなどの編集を施し流通に乗せる。現在は、店舗や地域のデレクションなど活動領域を拡げながら、滋賀のおもしろいコトを表現しモノに乗せる形づくりをしている。
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冨田泰伸
冨田酒造十五代蔵元 兼製造責任者

東京のメーカー勤務の後、フランスのワイナリー、スコットランドなどを巡り、それぞれの地域に根差した酒造りに感銘を受ける。2002年に実家である酒蔵に戻ると、地酒の「地」の部分に重きを置く事をコン セプトとし、地元の農家と提携し滋賀の米・水・環境で醸す本当の意味での地酒造りに専念する。伝統的な日本酒製法を大切にしつつ、スパークリング日本酒や日本酒のシェリー樽熟成など新しい取組もかかさない。冬は酒造り、夏は日本酒を広めるべく西へ東へ、現在11ヶ国へ輸出もしている。

久米勝智
アトリエ兼ショップ『COMMUNE』代表

服飾専門学校を卒業後、シャツメーカーやパターン制作会社を経て彦根でアトリエ兼ショップのCOMMUNEを開店。滋賀のアトリエでのシャツ作りを通して糸や生地の生産者、シャツの作り手、作り手が作ったものを手に取ってくれるお客さん、一枚のシャツに関わるすべての人が対等で親しく交われるような関係作りを大切にしている。”日常着”として良い意味で意識せず、COMMUNEのシャツを着てくれる。そんな着てくれる人に寄り添ったシャツ作りを目指している。

加藤駿介
NOTA&design /ヤマタツ陶業

1984年、滋賀県生まれ。1881年に信楽の地に創業した家業である老舗「ヤマタツ陶業」にて陶器のデザイン、制作に従事。新しい陶器ブランドの設立や企業とのコラボレーションを社内にて構築後、陶器を軸にしたライフスタイル全般のデザイン、制作業務を行なう「NOTA&design」を設立。今春には自身の工房に併設するカフェ&ギャラリーショップを展開予定。

左嵜謙祐
魚治湖里庵 七代治右衛門

大学卒業後、京都吉兆嵐山店にて料理修行し、2003年に実家である鮒寿し魚治に戻る。「歯車になれ」という先代からの言葉とともに代を受け継ぎ七代治右衛門になる。天明4年の創業より伝わる古典醸造の古式鮒寿しの作り方を守りながら、変化する食生活に合わせた鮒寿しの食べ方を料理店「湖里庵」にて鮒寿し懐石として提案している。